静岡県生まれ。『のび太の新魔界大冒険』(2007年)と『新・のび太と鉄人兵団』(2011年)に続き3度目の登板。テレビアニメ『ドラえもん』でも演出を務める。「好きなひみつ道具ですか? 天の川鉄道、ころばし屋、きこりの泉…。テレビシリーズで自分が担当したものは思い入れが強いですね」
私にとっての前作『新・のび太と鉄人兵団』がシリアスなドラマだったので、今回はうってかわって楽しい映画を作りたいと思っていました。シナリオを検討している段階では、もう少しシリアスなお話でしたが、私の好みでだんだんコメディへ、コメディへと変わっていったんです。お客さんが笑って映画館を出られるような、そんな映画にしたいという気持ちが最初にありました。
もう、つねに『ひみつ道具大事典』を片手に、最初のページから最後のページまで何百回めくったことか。たぶん日本でいちばん、この本のページをめくったのは私なんじゃないかと思っています(笑)。ひみつ道具ミュージアムというからには、子ども達から大人のファンの方までみんなに楽しんでもらいたいという思いで、必死に考えて作りました。
怪盗DXとマスタード警部が行う、ひみつ道具合戦のシーン。あそこは矛と盾のように、矛盾する2つの道具を戦わせるとおもしろいなと考えて描いたんですね。そこで、こんな道具がないかしらと思ってページをめくると、かならずあるんです。あらためて、藤子F先生のすごさを知りました。
はい。そこで感じたものも映画に取り入れているんですよ。訪れたとき、おもしろいサインや仕掛けが館内のあちこちにあって、とても遊び心のある素敵なミュージアムだなあと思ったんですね。作り手が楽しんで作っている、そんな感じが伝わってくるようでした。『のび太のひみつ道具博物館』も楽しい映画にしたかったので、私たちスタッフ自身にとっても楽しい映画にしたい、そう考えて制作にとりかかりました。
藤子ミュージアムと同じように、大人も子どもも楽しめるように作られているんだろうなって想像しながら、美術監督とイメージを広げていきました。ひみつ道具ミュージアムは宮殿のような外観ですが、中の広さは限定されていません。空間を広げられる「次元ローラー」でいくらでも広くできますからね。展示室のつながりも、扉を開けたら次の部屋みたいな感じではなくて、空間どうしがいろんなかたちでつながっているという設定です。
のび太たちが最初に入る展示室をロボット館にしたのは、ひみつ道具の数の多さをダイナミックに見せたかったからです。ロボットのひみつ道具は、大きいのや小さいの、さまざまなカタチのものがありますから。なんでも館は、天井まで使ってなんでもかんでも置いてあるので、作画や背景のスタッフはとても大変だったと思います。けれど、未来っぽさは出せたかなと思っています。
私はキャラクターの感情を描くのが好きなんです。どんなキャラクターに対しても、これまでこんなふうに生きてきて、いまどんな気持ちでいて…、といったことを考えながらキャラクターを描いています。たとえばペプラー博士なら、過去にコーヒーが原因で大失敗をしたので、それからは紅茶を飲むようになったとか。そういう、キャラクターのこまかい人生を考えるのがとても楽しかったです。
そうですね。映画では描き切れなかった裏設定も、いくつかあります。ジンジャーといえば、紅茶をいれるシーンで最後の一滴を自分のカップに注いでいるんです。紅茶の最後の一滴はゴールデンドロップといって、おいしさが凝縮されているそうなんです。それを自分のカップに注ぐというジンジャーのちゃっかりした性格を、あのアップのカットでは表しているんです。
笑いは、とにかく難しいです。どうすればお客さんが笑ってくれるのか、いまだによくわかりません。作る立場で言うと、笑える映画よりも泣かせる映画のほうが作りやすいんです。泣けるパターンというのは、ある程度決まっていますから。けれど笑いはパターンが読めない。笑ってもらおうと描いたシーンで、はずしたり、逆に、思いもかけない場面で笑ってもらったり…。
ギャグで大爆笑というより、ユーモアというか、にやっとしてもらえるような笑いが好きですね。ドラえもんの首についている鈴のかわりのアイテムが、誰も気づかないまま次から次へと変わっていくとか(笑)。また今回は、シャーロック・ホームズネタをちょこちょこ仕込んでいるので、そういう場面でにやっとしてもらえたらうれしいです。
▼寺本監督の仕込んだシャーロック・ホームズネタはこちら
いつもの映画だったら、ゲストキャラとのび太にスポットをあてますが、今回の陰の主役はドラえもんだと思っているんです。ドラえもんとのび太の関係を、映画の隠れた柱としてきちんと描きたいなと思っていました。ホームズの物語も、ミステリーでありながらホームズとワトスンの友情物語でもある。こんなに長い間、たくさんの人々に愛されているミソはそこだと私は思っているんです。他のミステリー作品と決定的に違うのはホームズとワトスンが持つキャラクター性で、それをのび太とドラえもんにシフトして、2人の心の底にある強い絆のようなものをちらっと描けたらな…。そのように考えて、どぶさらいのシーンを描きました。
マツシバの修理受付センターで「買い直したほうが安いよ」と言われるシーンは、実は私自身の体験談なんです。小学1年生のとき、私の机に父がZライトを取り付けてくれたんですね。父が若い頃に使っていたもので、私はそれをすごく気に入って、大人になっても使い続けていました。あるとき壊れてしまったので、修理してもらうためにお店に持って行ったら、ドラえもんと同じようなことを言われたんです。大切な思い出の品なので、私はどうしても買い直したくなかった。製造元を自分で調べて、そこへ持ち込んで修理してもらいました。父はもう亡くなっていますが、いまでもZライトは私の机で光っています。
誰にでも、かならず何か取り柄があるっていうことです。自分はのび太と同じでダメなやつと思っていたとしても、探せばきっと何か取り柄がある。映画を観た子どもたちが、そのことに気づいてくれたらうれしいですね。
スポーツはまったくダメでしたね。その代わり、絵を描くのが大好きでした。ひみつ道具職人をめざすクルトと同じで、何か好きなものがあればどんなことにもめげずにやっていけると思います。
あいつは変わっているとか、人と違うとか、そういう見方をする人もいますが、世の中にはいろんな人がいるんだということですね。友だちが10人いれば、10人それぞれ違っているもの。いやなやつだと思っていても、探せばなにか一ついいところがあるはずです。ぜひ、そんなところを探してみてほしいですね。
原作では、のび太がときどきドラえもんのことを「あいつはいいヤツなんだけどうんぬん」と言っているんですね。その「いいヤツ」っていう言い方が男の子っぽいなあと思っていました。のび太のいいところをどう表現すればいいのか、いろいろセリフを考えていたとき、いちばんさらっと言える言葉として考えついたのが「いいヤツ」だったんです。2人の仲の良さが感じられる言葉だと思いました。
F先生の原作がある作品で、まだリメイクされていない映画もたくさんあり、その中でやりたいものも残っているんですが、個人的には今後もオリジナル作品で勝負したいと思っています。過去2作がリメイクで、今回初めてオリジナルに挑戦できたわけですが、すべてを一から作っていったため労力はこれまでの何倍もかかりました。それでも、設定などを一から考えられることはとてもおもしろいです。
F先生の描くものは、いつでも基本的にやさしいですよね。たとえばキャラクターの怒った顔をひとつとっても、微妙なさじかげんできつくなりすぎない。絵というのはその人の個性や人間性があらわれるものだと思うんですけど、ドラえもんという作品に感じられるやさしさは、F先生らしさの現れなんだと思います。私が今後、オリジナルストーリーでドラえもんの映画を作ることがあっても、そのやさしさは大事にしたいなと思っています。
●映画の冒頭に登場する美術品「ボヘミアの踊る犬」と「悪魔の足ツボマッサージ」は、ホームズ作品「ボヘミアの醜聞」「踊る人形」「バスカヴィル家の犬」「悪魔の足」のもじり。
●のび太の部屋でドラえもんが言う「初歩的なことだよ、ホームズ君」というのは、ホームズを演じた俳優ウィリアム・ジレットが発した名セリフのお株を奪ったもの。
●ペプラー博士の研究室でバター皿の中に機械の部品が入っているのは、ホームズ作品「マスグレーブ家の儀式」で、化学薬品や犯罪の遺物がバター皿など変な場所から出てくる、という記述にちなんだもの。
●なんでも館で、ころばし屋を追いかけるのび太が「バリツ、バリツ」と口にしているのは、ホームズが得意としていた武術のこと。
●ひみつ道具工場で、ペプラー博士によってチップを仕込まれる道具が6つあるのは、ホームズ作品「六つのナポレオン」に着想を得ている。
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